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壬生で初めて借りた安アパートは古く
身ひとつで飛び出して来たあの人は寒さに震えた
暖房もない部屋の枕元に置いたカップのコーヒーに
翌朝氷が張っていたと言う

何より古い田舎町では買い物をするにも
どこの誰だかわからないと米も売って貰えず
親戚が壬生に住んでいて助かったらしい

最初の仕事は紹介で入ったようだが
仕事にまじめで人の良いあの人は
不眠不休に近い状態で
人がそこまでしない事まで文句を言わずにやって
ぬれぎぬを着せられ仕事を辞めた

あの人の職歴ではこのパターンが多い
本人は気づいていなかったが
あの人の言動は誤解されやすい
人一倍の努力と人の良さを悟られまいと
照れ隠しで平気な素振りをするのだが
それが目上の人からは生意気にうつる
あの人を理解し認めてくれる器の大きな人物に
出逢えていたら違っていただろうに


その後も職を変え
20歳くらいで宇都宮の産経広告に入り
後に入社した例外の友人と出会う事となる

産経広告でも人の何倍も仕事をとり
会社全体の半分の売り上げを一人で上げていたと聞く
人懐こい性格で仕事先では可愛がられたようだが
社内では認められるどころか上司に「生意気」と見られ
やはり辞める事となる

でも、適性にあった仕事と友人に恵まれ
漫画家の次に長続きした職場だったようだ


1度目の結婚はこの産経広告時代の事らしい


その後、知り合いの広告会社に勤めるが
やはりやっただけの成果を認められず
すぐに自分で広告屋を始める事となる

以前、日記に書いた「スパゲティーは運転できません」
の看板を立てたのも独立してからで
看板や広告だけではなく、飲食店やカラオケBOXを
まるごとプロジュースしたり
大きな会社の仕事を県外の支店も含めすべて任されたりと
田舎の広告屋とは思えないくらいの営業成績を収めた

持って生まれた営業センスと才能に加え人一倍努力し
独立して間もなく年商1億を稼ぎ家も建てたが
業績好調にも関わらず銀行の嫌がらせにあい
(古い同業者からの圧力とみられる)
潰される前に自宅を手放し仕事を閉じた
倒産ではないので
この時、手元にまとまった現金が残ったと聞く


※ 主人と例外の友人から聞いた話を元に書き記しました



以前書いた交通事故で左手の靭帯を3本切ったのは
20歳の時で宇都宮の病院に入院していたようだが
それ以上の事を義母は覚えていなかった
ただ、靱帯を切る前に栃木に来ていたので
ミュージシャンになりたかった訳ではないようだ
栃木でも20代半ばにバンドを組んでベース担当だったと聞くが
指が以前のようには思うように動かなかったようだ





あの人を失って一番悲しいのは
あの人の中にしかない
繊細な物をすべて失ってしまった事
物語を創る才能や曲をを創る才能
あの人が生きてきた中でしか生まれる事のない思考
それらすべての物が今はもうない

あの人をどんなに想い理解できたとしても
私には何一つ創ることが出来ない
Secret

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